反省はしている。

妄想・性癖・思い込みを色濃く含んだ不甲斐無い創作物集です。
充実した無駄な時間を過ごしたい時に。

youtubeで楽曲挙げたりFacebookやってたりなんかもします。
各サイトで『キジマタク』を検索頂ければニョロっと出てくるようです。

二人のフナコシ。

唸り声挙げる潮風、眼前の削り立った高い岸壁目指し容赦無く己を打ち付ける日本海の荒波。
徐々に沈んでゆく夕日はキラキラと波しぶきの間を乱反射し周囲をセピア色に塗り替えてゆく。
そんな色彩の幅を狭めてゆく大空を過ぎ去って行く真っ黒な海鳥の群れの鳴き声が波音に不気味なコーラスを重ねてゆく。


そんな岸壁の先端には見知らぬスーツ姿の中年男。そしてその十メートル手前にワタシが居る。


迂闊だった・・・火サスのラスト五分、そのままの現場の立ち位置に立ってしまったのはサスペンスの帝王船越英一郎ではなく先程までちょっと岩場の海産資源を拝借しようと人気の無いこの崖下に忍び込んだワタシ。

右手に持つのは先程収穫したばかりのサザエとトコブシ、ウニを少々詰め込んだバケツ。
左手に握るはスクレイパー。


・・・どうすれば良いんだ。


今のワタシにはササッと逮捕状出すことも家族からの手紙を読み上げて涙誘うこともカッコイイBGM流しながら名文句を語る事も出来ない。
むしろ密漁で逮捕されるのはワタシの方だ。更に分の悪い事にどうやらたった今彼もワタシに気付いてしまったようだ。


困った、間違いなく此方を見ているっ!!片時も放さずじっと見ているっ!!明らかに期待の目を向けているっ!!間違いなくワタシの第一声を期待しているっ!!


考えろ・・・考えるのだ!


そう、ワタシは此処で彼の期待に答えるべくカッコ良い説得の一の句を叫ばなければならないのだ。そう、例の殿堂入りとも居える名文句「待て!早まるなっ!!」・・・よし、出来る。やってやろうじゃないか!帝王船越を彷彿とさせる二・三歩小走り後、手を突き出しつつやってやろうではないかっ!


・・・っ!!なんだと。
あの男此方をみながら屈伸まで始めたではないかっ!!


此れは一体何のサインだ?こんなアクションは今まで火サスでも見たことが無いぞ。
こんなに絵面に緊張感無き場面では古典は通じない!・・・そうか。奴は在り来たりなディナーには飽き飽きしているって事なのだな。


もっと上質を喰らいたい。


・・・チッ。人間って生き物はどうしてこうも貪欲になれるのだろう。
そうだな、多くの偉大な哲学者達が到達した美意識「人とは限りなく貪欲であるからこそ美しくあれる」その境地にワタシは立たされているのだろう。


正直な処、彼に求められているワタシは不思議と嫌な気はしない。
むしろこの内からふつふつと湧き上がってくるこの恍惚とした喜びは一体何なんだろう。


そうか、此れが俗に言うマズローの提唱した五段階欲求の頂。
四段階目『認知欲求』が満たされその実現最終段階の悦楽に向け今まさにワタシのエンドルフィンは恍惚の麻薬でその宿主を満たし始めているのだ。


ワタシは今、感謝したい・・・君というワタシの根幹を解き放ってくれた男に。


そう、もはやワタシにこんな玩具や小細工は要らない。

バケツとスクレイパーを海へ放り投げ、ワタシは毅然と彼に向き合う。
そんなワタシに呼応して、彼もまた屈伸を中断しワタシと向き合う。


・・・いや、違うっ!!


ワタシ達の目指す究極のグルメはこんなに安いモノであってはならないっ!!
そう、かの帝王船越英一郎をも超えるのであればもはや枠は無限大なのだ。こんな近場に降って沸いたちょっと広いキッチンと日当たりに目が眩む程度の物件にサインする程度の行為、この程度じゃ過去多くの者達が踏み慣らした安全な道に飼いならされているに過ぎない。
そうだよ・・・君も解るだろう。もう、低空飛行しているだけじゃワタシ達の腹は満たされないのだ。ワタシ達は飼いならされる事なき血に飢えた野生のコヨーテなのだから。


ワタシは彼から目を逸らす事無く四つん這いになり、ニヤリと笑った後、彼をじっと見つめながら腕立てを始めた。

さあ、至高のグルメを育もうではないか、二人の美食家の意地を掛けた勝負だ。君の手腕を見せて貰おう!


男の目は露骨に動揺し泳ぐ。が、その時も束の間。意を決したのか男は岸壁に横たわり腹筋を始める。

そうだ・・・それで良い。何時終わるとも知れぬ男達の血と汗と涙で彩られた珠玉のスパイス。
もはやワタシ達を止めるのは我々の意思を措いて他ならないのだ。


日は間もなく沈み、月明かりすらない夜に響くは岸壁を揺るがす打ち寄せる波の音と潮風の息遣い。
そこに鎮座するのはただ至高のグルメを追及する二人の飢えたコヨーテのプライド一つ。


『うぐっつ!!』


二十分程の時が過ぎただろうか・・・普段使い慣れぬ腹筋が吊り先に動きを止めたのは崖上の中年男。
それと時ほぼ変わらぬ後に私の左腕が悲鳴を上げる・・・終わった。終わったのだ。
素晴らしい戦いだった・・・ワタシは今日と言う日を忘れる事はないだろう。


『ありがとう』


自然とその言葉が口からこぼれたのは何時以来だろう。
ワタシは崖上の男に一礼し、その場を後にした。


激しくぶつかり合う波の音とうなる潮風の中、彼もワタシに何か叫んでいるようだが、もはや今のワタシにはどうでも良いことの様に思えた。

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