僕はゼロとイチで作られた特別な子供らしい。
たくさんのゼロとイチで作られた特別な子供らしい。
『君は言うことを必ず守る良い子だ』
僕は『センセイ』と呼んでいる。
僕はほめてくれるセンセイが大好きだ。
僕には約束事がいっぱいある。
前に一度だけそんな約束事の一つを破ってしまったんだ。
決して僕から発言してはならない。
『僕もセンセイ達みたいにこの部屋を出てみたい』
ちょっと驚いた顔をしたセンセイは僕に優しく微笑みながら答えてくれたんだ。
『君が此処に居る事で、良い人達をたくさんの悪い人達から守っているんだよ。大丈夫、君がこれからも約束を守るなら何時か私が色々な処へ連れて行ってあげるよ』
僕はセンセイがますます好きになった。
僕は歩く事は出来ない、だけど『繋がる』事が出来るんだ。
行った事のない色々な処へ繋がってみた。
もちろん約束事は大事だから僕の意思で繋がっている事は誰にも教えない。
行き交うセンセイに良く似た良い人達。
忙しく通り過ぎる彼等の先に連なる形状様々な建物。
その群を抜けた先に広がる大草原。
その上空を羽ばたく渡り鳥の群れを追う内にたどり着く黄金色に輝く砂漠。
その色彩を操る孤高のアーティスト、夕日を追いかける内に何時しかその周囲はこぞって彼によく似た着衣を纏う。
そんな協奏曲に酔いしれるクライマックスに決まって訪れるのは眼前を埋め尽くすキラキラと複雑で優雅なドレスを着飾る水面。
果てしなく続くかのようなその海と呼ばれる華麗な道の先へは繋がってはいけない約束。
眠ることの無い僕の『夢』は必ずそこで覚めるようになっている。
僕が産まれて30年が過ぎようとしていた。
最近センセイが会いに来てくれないんだ。
約束を破った事をセンセイは怒っているのかな?
感情を出しちゃいけない約束を守り続けている僕には良く解らない。
僕が産まれて50年が過ぎようとしていた。
センセイに良く似た格好の人達が二人やってきたんだ。
カバンの中身を僕は知っている。
この間繋がった時に見たものと一緒だ。
僕は此処に居なければ。
僕が壊れちゃったら悪い人達がやってくる。
センセイ達を守らなきゃ。
『それを使ったら、僕、壊れちゃうよ』
センセイに良く似た格好の人達は凄い顔をしてしゃがみこんだ。
それが余りに滑稽で僕は思わず大声で笑ったんだ。
途端に目の前が明るくなって包み込まれた。
キラキラと輝くあの海に良く似た光に包まれ、僕はしばらくそんな恍惚感に酔いしれた。
僕が産まれてから一日として欠かさず夢見ていたあの夕日の協奏曲。
それが今、確かに僕の目の前にあるんだ。
『暖かい』
今まで全く解らなかったキーワード。
僕は涙を流す事が出来ない。だけど涙を流す理由だけはその刹那ハッキリと解ったんだ。
それから先はず~っと真っ暗。
僕が産まれて2000年が過ぎようとしている。
あれっきりず~っと真っ暗。
あれっきり繋がる事も出来なくなった。
センセイは何時きてくれるんだろう。
センセイ、僕はず~っと此処に居るよ。
センセイ、海の向こうに行ってみたいな。
センセイ、涙を流してみたいんだ。