■登場人物。
アントワネット・タカコ・・・拓。の母。最高権力者。大量のお菓子を保有している。
リュウケン・ミキオ・・・一子相伝奥義伝承者。奥義を使っている所は誰も見たことがない。
拓。・・・・キジマタクの幼少時代に酷似している別人の少年。やや痛い。
正義の人コーヘー・・・拓の友人。国民的英雄パーマン一号の父を持つ。
アイアンメイデン・サトシ・・・拓の友人。彼が現れる場所には修羅が待つ。
良い子の元へ遥か北の誰も知らない森の奥からソリに乗ってやって来る。
真っ白な袋にギッシリと夢を詰め込んで誰にも気付かれないようにそっとやって来る。
サンタクロースに強く憧れていた。
年一度のこの夜に、せめてひと目見てみたい…
真っ白な髭を伸ばした優しい笑顔を湛えたお爺さん。
でも良い子で眠って居なけりゃ決してサンタさんは現れない。
だから薄目を開けて眠ったフリをする。
でも毎年決まって気が付けば朝、枕元にお菓子の詰まった袋が一つ。
僕は五歳になった。
保育園の年長組にまで大きくなった。
今年は…絶対に眠らない。
今年こそはきっと叶う。
だって保育園で一番大人の年長組なのだから。
『ほら、貴方もサンタさんに手紙を書きなさい。何が欲しいか事細かに書くのよ!ワタクシがサンタさんに直接直訴して差し上げるからねぇ』
母、マリー・アントワネット・タカコが恒例の紙とペンを持って現れた。
そう、今年もこの季節がやってきた。
俺にとって最大の正念場、クリスマスまであと数日。
今年の俺には一つの大きな野望がある。
そしてその野望を実現させる為、人知れずハードなトレーニングを克服してきたのだ。
まずは撒餌だ…子供らしく欲しい物を手紙に書き綴るとしよう。
拓。『えっと…ファミコン…と』
アントワネット(以下アン)『!!!っつ!!…無礼者っつ!!!』
拓。『はい??』
アン『そんな目の悪くなる悪魔の機械を国際的聖職者であるサンタ氏に頼むとは何事です!!そんな悪い子に届くアイテムはせいぜい石炭が関の山よっつ!!』
せ…石炭!?…
拓。『じゃ…じゃあモトクロ…』
アン『元来サンタ氏への要望はお菓子の詰め合わせと決まっているでしょうっつ!!身分をわきまえなさいっつ!!!』
…じゃあ、この手紙の意味って一体。
言いかけて口をつぐむ。
いや、此処で良い子の均衡を壊してはならぬ…此処で崩れてしまえばこの一年辛酸を舐め培って来た計画が全て霧散してしまう。
耐えろ…耐えるんだ…そう…俺なら必ず出来る。
何故なら俺は最年長の年長組なのだから…
拓。『でも…でもさ…僕甘い物はちょっと…』
アン『…それ以上言ってごらんなさい、語ってごらんなさい。お菓子を嫌う子供と自殺をした子供は死後賽の河原で永遠に小石を積み上げる強制労働を強いられる事になるのよ。単純作業でとっても目が疲れるわ!腰も痛くなるわ!労組作って運動しても鬼の権限で勿論即座に解散よっつ!鬼ってとっても怖いわよ!!』
…子供の僕に軽作業の弊害を語るあなたがとっても怖いです。
まあ良い。この手紙は俺とサンタを繋ぐ為の序奏に過ぎない。
この日へ向けて俺は万全の準備を施してきた。
もう去年のように朝日に苦悩の表情を浮かべる失態は犯さない。
手紙を封筒に入れ、俺は誰にも気付かれないようほくそ笑んだ…。
友人のコーヘーの父親はパーマン一号らしい。
今年もコーヘーの親父さんは多忙なサンタの立場を気遣い大空を飛び遥か北のサンタの国までコーヘーのプレゼントを直接貰いに行くと言う。
コーヘー『でさぁ、今年は俺も父ちゃんの仕事を手伝って近所のゴミ拾いパトロールしたのよぉ。だから父ちゃんサンタから特別なプレゼント貰って来るって言ってたぜぇ~』
拓。『ゴミ拾いパトロール??』
コーヘー『あれ?拓ってば知らねぇの?近所に巻かれてるゴミってばあれ、ショッカーがばら撒いた細菌兵器の材料なんだってよ。だから俺が拾って父ちゃんが空を飛んで安全な処へ捨てに行くって寸法よぉ~。少しは感謝しろよなぁ』
パーマンとショッカーの接点は今一つ判らなかったがどうやらコーヘーは凄い事をやってのけたらしい。
サンタ争奪戦の最大のライバルは意外に身近な処に居たようだ。
サトシ『サンタ??お前等まだそんなん信じてんの?』
アイアンメイデン・サトシ。
俺達の仲間内で最もクールで危険な匂いの漂うインテリ。
奴が口を挟むと決まってその場の男供は血に餓えた一匹のコヨーテと化す。
サトシ『教えてやるよ…サンタはな、1904年俺達が産まれるずっと前に日露戦争の煽りで絶滅したんだ。あの赤いコートは血に塗れた罪も無いサンタ達の冥福を祈るが為に後世の者が後付した悲しきデザインなのさ』
拓。『まてよ!サンタは生きている!その証拠に毎年プレゼントが…』
サトシ『フッ…それは過去の汚点をもみ消そうとする上層部の陰謀に過ぎないね。考えてもみな。何故サンタは世代交代せぬのだ??何故サンタの両親・子供・孫は存在せぬのだ??…そう、もう子孫を残す事は出来ぬのだよ…歴史の中に永遠に取り残された歳を取らぬ老人。永遠の美女、オードリーがそうであるようにな』
…オードリー、マジで関係ねぇ…
そう呟くより早く例によってサトシに飛び掛る正義の人、コーヘー
まあ良い、例えこの保育園が鮮血に染まろうとも俺には成し遂げなければならぬ野望があるのだから…
もう去年のように朝日に苦悩の表情を浮かべる失態は犯さない。
例えその先にサトシの語る陰謀が待ち受けて居ようとも。
数人に取り押さえられ華麗に筋肉バスターを極められ悶絶するサトシの悲鳴を背に俺はこっそりほくそ笑んだ…。
深夜深まり街明かりは消え行き微かにさっき食べたチキンのスパイシーな残り香残るPM9:00。
消灯時間を過ぎ寝静まる家族に気付かれぬよう、俺は例のアイテムをこっそり枕元に忍ばせた。
そう、ここ一ヶ月の荒行、その終止符を打つ為の究極覚醒アイテム。
まんきんたん。
オロナインに始まりメンソレータム…そして遂に今夜この虎がまぶたの上で咆哮を上げる。
大丈夫だ…今の俺ならこの激痛すらも克服し、快適な不眠ライフを満喫出来るはずだ。
ラベルに描かれた獰猛果敢な一匹の虎。
そう…俺は今夜虎になる。
一つ大きく深呼吸し蓋を開け、両の目蓋にササっと塗りこむ。
瞬間目蓋の上で暴れ狂うまんきんたん。
そうだ…これで良いんだ…
もう俺は眠れぬ体となってしまった…後悔は無いさ。
困難はそれを克服し得る者にのみ与えられた特権。
そう、この虚無感も年長組として定められた性やもしれぬ。
ギンギンに覚醒しながら再び思い焦がれる。
フカフカした赤いコート。
優しい笑みを湛えた彫りの深い目尻。
白くて長いフサフサの髭。
可愛い二匹のトナカイの首に付けたリンリンと心地よく響く鈴の音色。
そしてなにより僕等の夢を幾つも詰め込んだ大きくて雪のように白い布袋。
『…ゲファッツ!!!!』
鼻っ面に激しい激痛を感じ目を開く。
!?…何時の間にか眠っていた??
バカな…究極ドラッグまんきんたんが効かないなんて…
って言うか…鼻血ぃぃぃぃぃっつ!!!!
なんてこった…!!
これは一体何の討ち入りだっつ??俺を年長組の者と知っての狼藉かっつ!!
俺がハート様なら貴様既に死んでたぜ。
『…あいたたた』
…へ?
…と…父ちゃん??
目を開けると腰をさすりさすり父リュウケン・ミキオ。
隣で眠っている妹につまづき肘から俺の鼻っ面にダイヴ父リュウケン。
お義理のように頭にサンタ帽、Tシャツにジャージ姿父リュウケン。
拓『と…父ちゃん…』
リュ『フッ…見てしまったか…拓よ』
そう言いながら菓子折りを手渡す父リュウケン。
リュ『そうだ…お前の察しの通り…俺がサンタだ』
え…いや…ちょっと??
リュ『折角の聖なる夜だ、貴様の質問にも答えてやろう…さあ、何が聞きたい?サンタの国の話か?それともトナカイ共の話か?』
拓『え…えっと…この12月にTシャツって…寒くない?』
リュ『フッ…己の肉体を極めサンタともなれば冬の寒さ等蚊程にも感じぬわ!この程度の冬空、Tシャツ一枚で十分よ!では、さらばだっつ!!』
そう言い残し深夜の郊外へと走り去る父、リュウケン・ミキオ改めサンタ。
彼はそのまま朝まで帰ってくる事は無かった…
翌朝、不機嫌な母、アンとくしゃみの止まらぬリュウケン改めサンタ。
…コーヘー。サトシ。
…俺の親父、サンタだったよ。
何故か誰にも自慢する気にはなれなかった。
深々と降り注ぐ聖なる夜の雪空、彼は確かにサンタになった…