唸り声挙げる潮風、眼前の削り立った高い岸壁目指し容赦無く己を打ち付ける日本海の荒波。
徐々に沈んでゆく夕日はキラキラと波しぶきの間を乱反射し周囲をセピア色に塗り替えてゆく。
そんな色彩の幅を狭めてゆく大空を過ぎ去って行く真っ黒な海鳥の群れの鳴き声が波音に不気味なコーラスを重ねてゆく。

そんな岸壁の先端に立つよれよれの白シャツやや小太りな見知らぬ男。そしてその十メートル手前にワタシが居る。

ま、まただ・・・どうしてまたこのタイミングで。

火サスのラスト五分、そのままの現場の立ち位置に立ってしまったのはサスペンスの帝王船越英一郎ではなく先程までちょっと岩場の海産資源を拝借しようと人気の無いこの岸壁に忍び込んだワタシ。
右手に持つのは先程収穫したばかりのサザエとトコブシ、ウニを少々詰め込んだバケツ。
左手に握るはスクレイパー。

しかし今日の私はこの前とは少し違う！
人は日々学習・適応を積み重ねる生き物。そう、相手が私に気付く前に迅速かつ的確な言葉を綴るのだ。

もう・・・主導権は渡せない。

二・三歩大袈裟に彼へと駆け寄る。
そんな私の足音に気付き慌てて振り返る男をダイナミックに伸ばす右手で制す。

『待て！！早まるな！！』

・・・決まった。
我ながら完璧なまでの掴みだ。

さあ、私に『近付くな！！それ以上！！』と叫ぶが良い。私はそれを宥め、君は私にそのエピソードを語るのだ。

『あの・・・何か誤解をされているようなのですが・・・あ！ひょっとして貴方、自殺を止めようとして来て下さったのですか？』

『え？・・・ああ、いや、違うなら良いのですが、場所も時間も雰囲気もそれっぽかったし。』

『あっはっは。言われて見れば。疑わしい事をして大変申し訳ありません。』

『そ、それなら良かった。ソコから飛んだりとかしないのですね？』

『しますよ。』

・・・まて。

一体何を言っているのだこの男は。

『驚かないで聞いてください・・・実は、私、鳥なんです。』

ワタシの中の船越・・・いや、心の電気がとてつもない勢いで消えて行くのが判る。・・・決して彼に関わってはならなかったのだ、今はほんの数分前の使命感・期待感に酔っていた己が憎い！
本能的に逃げ場を探すワタシの逃げ道を塞ぐかのように男は話を続ける。

『ミヤコショウビン、という鳥をご存知でしょうか？１８８７年、宮古島で標本が一体発見されたまま以降誰からも発見される事無く絶滅種とされた鳥・・・あれ、私の抜け殻なんです。私達の種族は人に見付かる事を避ける掟の元、何世紀もの間あの島でひっそりと暮らしておりました・・・ですが、私はその好奇心を抑え切れずその法を侵してしまった。そうです、貴方のお察しの通り、この醜い中年男の姿は我らが長、ミズレアード殿のお怒りをかった罪滅ぼし』

いえ、何一つお察ししておりません・・・言いたいワタシの気持ちを押し戻したのは直後男の両瞼から溢れ出る滝のような大粒の涙。

『しかしっつ！！罪深きは私の抑えきれぬ好奇心っつ！罪滅ぼしの期間であるに関わらず私は事あるごとに人混みの中、産まれたままの己の姿を晒す悦楽に何度も酔いしれてしまったのです！！こんな恥ずかしい私の肉体を多くの視線が舐め回すようになぞって行く・・・侮蔑・非難の視線を感じる度、私はその恥ずかしさ、快楽に体を震わせ悶えたのです。』

や・・・やっぱり、変態さんだ。。
すごく変態さんだ。。

『しかし・・・そんな罪滅ぼしの期間もとうとう終わりを迎えたようなのです。昨日私の元へミズレアード殿の使いの者が訪れました』

『そ・・・それで、何と言われたのですか？』

『ぴーよぴぴぴよぴーよぴーーーーーよ』

聞くんじゃなかったっつ！！！
絶対に聞くべきじゃなかったっつ！！！

『さて、私はそろそろ行かねば・・・長々とお話に付き合って頂きありがとうございました』

男はワタシに一礼をすると再び海の方へと向き直り両手をゆっくり拡げ大きく息を吸い込んだ。

『我、カゥラ・リィズ・ロウティファス！！トゥク・レア・ミズレアード様の慈悲深き恩赦により俵山権作としての４６年の殻を抜け出し再び虹色の羽を纏う者也！！・・・故郷の元へと今帰らんっつ！！！』

どっぽーーーーーーーーーーーーーん。

・・・いや、最初から結末は見えていた、どう考えても。
岸壁に打ち付ける波音と共に聴こえる彼の『何故だっつ！！ミズレアード殿っつ！！』という叫び声を背にワタシは再びバケツとスクレイパーを握り締め海岸を後にした。